よくチャンスの神さまは前髪は長いのに後頭部はツルツルだというが…

まさにその表現はある意味ぴったりだ。なぜならチャンスは過ぎてからでは掴むことはできないからだ。かといって前髪が長いからといって良いわけではないと思う。

おそらく表現上そうめったに来るものではないというマイナスな考えからそうなるのではないだろうか?

筆者はこう考える。

チャンスの神さまはひとりではなく複数いるが、チャンスのレベルや大きさによって今の自分がキャッチできる大きさが変わるのではないだろうか。

棚からぼた餅とはまさに最適な表現で、探し物をしていてたまたまぼた餅が落ちてきたと、まさな偶然の出来事なのだ。

当たり前のように過ごす毎日の中にそういった偶然はあなたが感じられる五感の数と意識の向き方で何百通りも何万通りも出てくるのだ。

では「夢」や「目標」のような将来達成したいことを叶えるためにどうチャンスを掴みとるか。

それは夢や目標に向かって常に前向きな姿勢で、目の前の偶然を自分で頻繁に起こしモノにする必要がある。

さらに掘り下げれば、偶然の起こしかたとモノにする力とは「行動」しかないのだ。

どんな些細なことでもいい。

頭で考えて悩んで「良い案が浮かぶまで」と考えていては良い案が浮かぶまで何も進むことはできない。これが夢が夢で終わるフローチャートなのだ。
であれば、その逆をやってみてはいかがだろうか?
あれこれ考えず前向きに行動してみては?

確実に頭で考えている日々より将来の夢に一歩近づいているはずだ。

この世の全ては自然と共にある。だから自然な流れに沿っていない場合は(無理していたりストレスがあるときは)空回ったり壁にあたったりする。そのときにしっかり方向を修正することができれば必ず夢や目標は達成することはできるのだ。

遠すぎても目先のことすぎてもいけない。

道を予め予測して身近な目標をたて一回の行動ごとに自分自身納得しながら進める。

それがチャンスの神さまをモノにしていくということであり、不可能を可能にする力となるのだ。

チャンスの神さまはいつもあなたの目の前で、一番近くで見つけてもらえるのを待っている。
悪いことが続くときは、良いことを恐れているときだ。悪いことが続くとき、人は良い方向に無理矢理逃れようとする。

誰だってわけの分からない得体の知れない何かに追いかけられたら逃げるはず。

その得体の知れないのが「あなた」であり悪いことを続ける原因なのだ。

だから良いことは逃げるし悪いことは追いかけてくる。
であればこちらも逆にしてみてはいかがだろう?
悪いことから逃げることを諦め、立ち向かうこともせず、受け入れてあげたら…

あなた自身の何かが強く、大きくなり、視界が開けてくるはずだ。

つまり、悪いこと、良いことの判断は実はあなたが勝手にしているだけで、それらは全てチャンスの神さまなのだ。

その神さまに目を向けるのも逃げるのもあなた次第で、ありのままの自分を受け入れることさえできれば、夢に向かう道が間違っていたとしても神さまはちゃんと軌道修正をしてくれる。

それをあなたが受け入れるか否か。

ただそれだけのことで人生は大きく変わるのではないだろうか。